装潢文化財とは、紙や絹に書かれた作品を、軸装(掛軸・巻子)、幀装(屏風・襖・額・衝立)、帖装(冊子・画帖・手鑑)などに仕立てた文化財を指します。
本格解体修復は、表装や裏打ちを全て解体し、作品を一度、制作当初の紙・絹の一枚の状態にまで戻し、本紙の損傷に対し根本的な処置を施し、再び裏打ち、表装を行います。
本格解体修復は、約百年に一度行われると言われており、このリサイクルを繰り返すことで作品は脈々と護り継がれていきます。
本格解体修復は医療に例えると外科手術にあたり、避けられない本紙への負担や副作用が少なからず生じます。私たちは、その負担と副作用を最小限に留めるために、安全な方法、材料を選択し、時間をかけ慎重に作業を行います。
本格解体修復を全て一貫して行うためには、手術を行う医師同様に、豊富な経験、高い技術力、深い知識が必要となります。
写真撮影
修復前の本紙、表装の寸法を記録
<修復前の調査・記録>
・修復前の写真撮影を行う。(全体・部分・順光・斜光・透過光など)
・修理前の状態を記録します。(損傷状態・位置・採寸など)
・修復前の状態を詳しく調査し、修復の方針を立てます。
軸棒の取り外し
表装の部材の取り外し
<表装の解体 掛軸の場合>
・軸棒、発装、紐、鐶を取り外します。
・表装の継ぎ目を外し、本紙と各表装部材と分けていきます。
膠水溶液の塗布
<剥落止め>
・東洋絵画の絵具や墨は、基本的に膠を接着剤としています。
・膠は経年や保存環境によって接着力が低下し、絵具の剥落を引き起こします。
・作業中や今後の剥落を防ぐために、接着力の低下した絵具に対し、膠分を補充します。
・絵具の状況に合わせ、膠の種類、濃度、回数を調整し、剥落止めを行います。
・膠の水溶液を筆にて塗布し含侵させる方法が一般的ですが、絵具が層状に剥離している場合は、細筆で剥離層へ膠を直接差し入れて接着します。
<ドライクリーニング>
・本紙表面に付着した塵や埃などを柔らかい筆や刷毛で払いながら吸引器で吸い取り除去します。
・表面に付着した塵や埃は、水を使用したクリーニングを行うと紙などの繊維間に入り込み定着してしまうため、必ず水を使用する前に行う必要があります。
下の吸い取り紙に汚れを移しとる方法
吸い取り紙で挟む方法
<ウェットクリーニング>
・ウェットクリーニングとは水を使用したクリーニングを指します。
・主な目的は、修復中に汚れが本紙や絵具などへ移動しないようにすることや、汚れに含まれる酸化物質を軽減するものであり、作品が描かれた当初の姿へ戻すことではありません。
・そのため、基本的には水のみの使用で、本紙にダメージを与えるまたは残留する薬品などは使用しません。
・ウェットクリーニングの方法は様々あります。本紙の下に吸水性の高い吸い取り紙を敷き、本紙の上よりろ過水を噴霧します。噴霧された水分は本紙の繊維間を通過し、水溶性の汚れとともに下の吸い取り紙へ移し取られます。(写真上)
・このほか、軽く水分を与えた本紙を、水分を与えた吸い取り紙に挟み、しばらく置き、本紙の汚れを含んだ水分をゆっくりと吸い取り紙へ移動させる方法もあります。上記の方法よりソフトなクリーニングと言えます。(写真下)
肌裏紙の除去
肌裏紙の除去
<裏打ち紙の除去>
・掛軸の構造は、基本的に肌裏打ち(1層目)、増裏打ち(2層目)、総裏打ち(3層目)が重ねられています。(大型の作品の場合、総裏打ちの前に中裏打ちが入ることがあります。)
・本紙から一番遠い層より、水分を与えながら、裏打ち紙を剥がしていきます。
・解体修復を行う上で「可逆性」が大切になります。古い表装には、小麦澱粉糊が用いられていますが、これは水分を与えると接着力が緩むため、本紙を傷めずに裏打ちを剥がすことができるのです。
・肌裏打ちの紙は本紙と密着しているため、本紙を傷めないよう細心の注意を払い除去していきます。
・裏打ち紙の除去方法は、複数の方法があり、本紙の材質、損傷状態などから湿式や乾式肌上げ法などを使い分けていきます。
周囲をなだらかに成形した補修紙
補紙の様子
<欠損部への補紙>
・紙本の場合、虫損や欠損部へ補紙を行います。
・本紙の裏面から欠損部の形よりやや大きめ(糊代のため)に補修紙の周りをなだらかに成形したものを、裏面より貼り充てます。
・補修紙は基本的に同質(本紙が楮紙の場合、補修紙も楮紙)の紙を用います。手漉きの紙を用いますが、製法が異なり、質感が現代の紙では合わない場合は、補修紙作製で国から「選定保存技術保持者」として指定されている方へ復元を依頼したり、修復技術者が自ら漉くこともあります。
絹本の肌裏打ち
紙本の肌裏打ち
<新規裏打ち>
・修復を終えた本紙に裏打ちを行います。
・一度目の裏打ちを本紙と直に接することから肌裏打ちと言います。
・肌裏紙は、基本的に薄美濃紙を使用します。薄美濃紙は、岐阜県美濃地方で漉かれた手漉きの楮紙で、薄く丈夫であり、とてもきれいなため、本紙と直に接する肌裏打ちに主に用いられます。
・絹本の修復では、絹目(織物の経糸と緯糸の隙間)より裏打ち紙の色を感じてしまうため、天然染料で本紙の色に近く染色した裏打ち紙を使用します。
・裏打ちには小麦澱粉糊を用います。小麦澱粉糊は古代より使われている伝統的な糊です。可逆性があり再修復を可能としています。
・装潢文化財の維持には、本紙を支える役割を持つ裏打ちが重要です。この解体修復の目的のひとつは、経年により本紙とともに劣化し、本紙を支える力が弱くなった裏打ち紙を取り外し、新たに本紙を支える力のある紙で打ち直すことです。
欠損部の形通りに切り抜いた補修絹
補修絹を填める(肌裏紙に接着)
<欠損部への補絹>
・絹本本紙の欠損部へ補絹を行います。
・補修用の絹は、本紙の絵絹と織組織が類似する絵絹を用います。しかし、新しい絵絹をそのまま使用すると、劣化した本紙の絵絹より強度が勝り、力のバランスが崩れて弱い部分に負担がかかってしまいます。そこで新しい補修絹を、本紙の絵絹と同じかそれよりも弱くなるように、電子線を照射し、人工的に劣化させます。これを人工劣化絹といいます。
・補絹は肌裏打ち後に行います。補修絹を欠損部の形通りに切り抜き(上の写真)、小麦澱粉糊にて欠損部の肌裏紙に接着させます(下の写真)。
・補絹の場合、補紙のような糊代を作りません。もし糊代をつけ、後ろから補絹を行うと、重なり部分に厚みができて補修絹により本紙が押し出され、軸装(掛軸や巻子)の場合は特に、開閉の都度摩擦により本紙が摩耗し、欠失してしまいます。どのような装丁でも重なりを作らないように補絹を行う必要があります。
再使用の表装裂の肌裏打ち
再使用の表装裂の補絹
<表装裂の肌裏打ち>
・表装裂も本紙と同様に、薄美濃紙にて小麦澱粉糊を用いて肌裏打ちを行います。
・表装は本紙とともに珍重され、伝世されるものでもあります。そのため、表装裂は、劣化していても、本紙同様の修復を行い再使用する場合もあります。
増裏打ち
打刷毛で打つ様子
<増裏打ち>
・肌裏打ちを終えた本紙に二度目の裏打ちにあたる増裏打ちを行います。
・軸装(掛軸、巻子)の場合、巻くという収納形態のため、柔らかさが求められます。そのため、増裏打ちには美栖紙を使用します。
・美栖紙は奈良県吉野地方で漉かれる手漉きの楮紙です。漉く際、楮の繊維と合わせて胡粉が漉き込まれているため、柔らかい仕上がりとなり透けにくく、弱アルカリ性の胡粉は酸化を抑制する働きがあります。また、製紙の過程で圧搾による脱水を行わないため、特有のクッション性のある柔らかい紙となります。
・増裏打ちの糊は、古糊を用います。古糊とは、小麦澱粉糊を甕に入れ涼しい場所で十年以上寝かせた糊のことを言います。長い時間をかけ、微生物により分解することで、低分子となり、柔らかい仕上がりを可能とします。接着力が弱いため打刷毛にて打ち、しっかりと接着させます。
折れの発生
折れ伏せの様子
<折れ伏せ>
・軸装は巻かれるため、折れと呼ばれる損傷が生じやすく、多くの文化財に見られます。
・折れとは、巻き解きにより本紙の弱いところから皺を生じ、それが進行すると皺の部分が折ったように鋭く山なりに飛び出す状態を言います。折れが進行すると折れ山が切れたり彩色などが摩滅してしまいます。
・修復後も巻き解きを繰り返すと以前折れが生じて弱くなっていた箇所が再び折れてしまうことがあります。これを防ぐために折れ伏せを行います。
・2ミリ強の幅の薄美濃紙の帯を、折れが生じていた箇所、またこれから折れが生じそうな箇所に増裏打ちの上から、かすがい状に貼り付け、本紙を保護します。
切継ぎの様子
<切継ぎ>
・増裏打ちまで進んだ本紙と表装裂を繋ぎ合わせていきます。
総裏打ちの様子
<総裏打ち>
・掛軸の左右両端を折り返します。これを耳折りと言います。
・総裏打ちは最終の裏打ちを言います。
・総裏打ちは、巻いたときに外周を覆う部分、掛軸の上の一部を薄い絹にて裏打ちをし、そこから下は宇陀紙にて裏打ちをしていきます。
・宇陀紙も美栖紙と同様に奈良県吉野地方で漉かれる手漉きの楮紙です。楮の繊維に白土が漉き込まれています。透けにくく、柔らかい仕上がりを可能とします。
・総裏打ちには、増裏打ちと同様に古糊を用います。
軸棒取り付けの様子
風帯取り付けの様子
<仕上げ>
・仮張りに張り込み、十分な乾燥期間を取ります。
・耳折り部分の裏打ち紙を切り落とします。これを耳鋤きといいます。
・軸、発装を取り付けます。
・風帯を縫製し取り付けます。
・鐶、座を取り付けます。
・紐を取り付けます。
・完成後、写真撮影・記録を行い、修復報告書を作成します。
ここまで本格解体修復の概要を、掛軸のみですがご紹介しました。本格解体修復の前後の写真を修復事例として紹介しておりますのでそちらもご覧ください。